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岡倉天心

「そのとき歴史は動いた」深夜二時過ぎだったかの再放送観ました。
今回は明治期の芸術と思想・哲学の士・・・岡倉天心。

廃仏毀釈により全国の寺院・仏像が荒廃していることに
気がついた岡倉天心は、建白書をしたためました。
それは一言で言うと、今で言うところの「文化財保護法」です。

しかしその声は届かなかった。
さて、法隆寺夢殿の公開に献身したフェノロサ・・・。
彼は東京帝大で哲学を教えていたが東洋美術に深い造詣を示していたことと、
さらに岡倉の上司であったため、
岡倉はフェノロサからときの総理大臣伊藤博文に、
「日本の美術は西洋ののそれとまったく劣ることは無い素晴らしいものだ。
この日本古来の芸術を大事にしなければならない」
という旨の進言をしてもらったそうです。
これにより明治30年仏像の修理と保存に係わる法案が通りました。

岡倉天心・・・明治の日本の美術・芸術・思想の偉人でありますが、
たしか私の記憶では、彼は後日東京美術学校(今の東京芸大)を追われます。

そして茨城の五浦(いづら)に庵をつくり、弟子たちとともに移り住んで
日本美術院として、彼らの学びの場所を作ったのでした。
そのなかに後日高名になる、横山大観などがいたのです。
いまも五浦海岸の突端に旧天心邸と六角堂が残されています。
十年ほど前に当地を訪れた記憶は、私の中に今も強く残っています。

長くなるので・・この辺で・・・
ツマラナイ話になり申し訳ありません。


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