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Cigar Bar&歌謡曲リクエストBar Sugar Town

佐藤博さん 急逝  合掌・・・

桑名正博さんが亡くなられました。合掌

さらにショックだったのがピアニスト佐藤博さんが急逝・・・!!
驚きました・・日本の至宝ピアニスト・・
そのちょっとしたフレーズが堪らないです。

高校時代、好きで毎日聞いていたLP・・加川良のアルバム
『アウト・オブ・マインド』
そこでピアノ弾いていました。気持ちよいピアノでした。
クレジット観ますと佐藤博と記載されていました。
そのとき初めて私の頭に記憶されました。
その後山下達郎の「FUTARI」このイントロ間奏ピアノで悶絶しました・・私は・・
素晴らしいピアニスト・編曲そして種々の楽器演奏家・・佐藤博さん・・
残念です。 合掌。

佐藤博さん


以下ウィキ より引用しました

「ラグタイム(ピアノ)ならば日本一」– 大滝詠一
「日本最高のピアニスト」– 山下達郎
「ハチロク(6/8拍子)バラードのような曲は佐藤博さんのピアノなしには出来ません。」 – 山下達郎
「間奏の終わりのクレッシェンドではピアノがローリングして大きく揺れていました。驚くべき表現力です。」 – 山下達郎
「氏のピアノは日本の宝物のような気がします」– 角松敏生
「白玉の響きが美しいピアノ」– 村上秀一
中学時代にギター、その後ベースギターやドラム演奏を習得する。
高校1年にして、自宅の蔵にて多重録音を始める。
高校2年の時に、SONYのオープン・リールの4トラック・レコーダーを入手する。
東京ユニオンの藤尾正重(p)のアドバイスにより、20歳より独習でピアノを始める。
1970年頃より、大阪にてジャズコンボ系のバンドのピアニストとしてプロ・ミュージシャンとしての活動を開始する。
1972年頃より、京都にて、ウエストロード・ブルーズバンドや上田正樹といったブルース系のミュージシャンや、オリジナル・ザ・ディラン、大塚まさじ、加川良といったフォーク系のミュージシャンの演奏に参加する。
1974年頃、石田長生とバンド“THIS”を結成する。
加川良のアルバム『アウト・オブ・マインド』のバッキングで鈴木茂と知り合い、上京。
1976年より、ハックルバック結成~ティン・パン・アレーへの参加といった活動と並行して、ソロ・アルバムを発表する。
エルヴィス・プレスリーやレイ・チャールズ、ビートルズに影響され音楽を始めたものの、ブルースをルーツとしている度合が大きいのが特徴である。
ピアニストとしての佐藤博氏の顕著な演奏は、初期の山下達郎作品や大滝詠一の『ナイアガラ・ムーン』、細野晴臣の『トロピカル・ダンディー』、『泰安洋行』、『はらいそ』といったトロピカル三部作、吉田美奈子の初期作品等で聴く事ができるが、キーボード奏者ではあるものの、ピアニストとしても評価が高い(その参加作品は、その他参加作品に後述)。

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