ウイスキーがお好きでしょ
中学高校の若い時は歌謡曲とか演歌などを毛嫌いして聴きませんでした。誰しも似たようなものだと思います。でも考えたら私の世代だと小学校低学年は、橋・舟木・西郷そして四人目の三田明よく聴いていました。おじさんの家にステレオとレコードがあり許可を得て舟木一夫や橋幸夫のシングル盤かけて楽しんでいたものです。しかしながらだんだんと英米仏のバブルガムポップスを聴くようになり、中学三年になるとラジオでかかったニールヤングやアメリカやS&Gやシカゴなどを聴くようになり嗜好は変わっていったのです。高校になってビートルズもベストアルバム青盤聴き始めて、彼らが解散していることを知りました。
そんな時クラスの友人でエレキギタリストのK君が「ニールヤング好きなら、もっとファンキーなやつ聴かんといかんよ! 例えばオールマンとかバンドとか ブルースやな、、、基本は・・・」と教えてくれて、彼の家に行って色々聞かせてもらった。その時から趣味の音楽が変わりました。どんどんヒットチャートから離れたものを聴くようになっていきました・・・とさ お恥ずかしい昔の話ですね 笑)

てなわけで、齢50を過ぎてからは、歌謡曲や演歌系でも良い曲は等しく聴いて集め始めました。
二十代の時も、ロックやソウルのレコードが高かったので、歌謡曲の放送局放出盤シングルとか買ってはいましたが・・・。
というわけでやはり演歌系歌謡曲だけど、私はこれはロックだと思っている石川さゆりの「津軽海峡冬景色」・・・たまに聴きますが素晴らしいですね。三木たかし作曲

彼女の一番好きな曲は「ウヰスキーがお好きでしょ」ですがこれはもう最高のジャズアレンジで素晴らしいですね。杉真理作曲で、ドラムは私の好きな渡嘉敷さんだったような??ピアノも素敵です。
😄
そんな時クラスの友人でエレキギタリストのK君が「ニールヤング好きなら、もっとファンキーなやつ聴かんといかんよ! 例えばオールマンとかバンドとか ブルースやな、、、基本は・・・」と教えてくれて、彼の家に行って色々聞かせてもらった。その時から趣味の音楽が変わりました。どんどんヒットチャートから離れたものを聴くようになっていきました・・・とさ お恥ずかしい昔の話ですね 笑)

てなわけで、齢50を過ぎてからは、歌謡曲や演歌系でも良い曲は等しく聴いて集め始めました。
二十代の時も、ロックやソウルのレコードが高かったので、歌謡曲の放送局放出盤シングルとか買ってはいましたが・・・。
というわけでやはり演歌系歌謡曲だけど、私はこれはロックだと思っている石川さゆりの「津軽海峡冬景色」・・・たまに聴きますが素晴らしいですね。三木たかし作曲

彼女の一番好きな曲は「ウヰスキーがお好きでしょ」ですがこれはもう最高のジャズアレンジで素晴らしいですね。杉真理作曲で、ドラムは私の好きな渡嘉敷さんだったような??ピアノも素敵です。
😄
映画 ペールライダー
最近、映画「ペールライダー」を再び三回目観ました。クリントイーストウッド監督主演85年作品。私の中では彼の出演あるいは監督作品の中でベスト3に入る大好きな作品です。
たしかにこの作品は、だれが見てもアランラッドの「シェーン」のストーリーを思わせる展開でありますが、それ以上に勤勉・正義・勇気・死という内容が含まれています。
アランラッドは映画「シェーン」の最後に、その村から去っていく。そのとき少年が「シェーン comeback!」と叫ぶ有名シーンのエンディングで、遠く小さくなっていく馬上のシェーンが、わずかに肩からがくんと前屈するように見える気がします。そして彼が去っていったのは墓場のほうのようです。つまり死に向かって去っていったということでしょうか?このことは何十年か前何かの本で読んで、もう一度二回目テレビ放送の時確認しました。しかし当時ビデオもなく鮮明でもない画面でしたので、云われてみるとそう見える・・・という感じでした。間違っているかもしれません。
(因みにこのラストシーンで遠くロケバスかなにかのバスの屋根が映っていてすこし移動するのが見えるのも愛嬌でしょうか 笑顔)
以下は未見の方はネタバレですのでご注意ください。
翻って「「ペールライダー」は白い雪を冠した山々をバックに、蒼ざめた馬に乗って、どこからかその村に現れる牧師。彼が悪漢を殺して村を救い、再び冠雪の山のほうに去っていく。(神様この村をお救いくださいと祈っていた)少女が追っかけて「みんなあなたのことが好きよ!」と叫ぶ。
最初観たとき、クリントイーストウッド監督もペールライダーが去っていくとき、「シェーン」のように死の匂いをもって山の神のほうに消えていく演出か・・と思っているとそんなことはなく、ただ物悲しい白い雪と低い雲との中に消えていった。
昔、調べましたら「ペールライダー」とは、ヨハネの黙示録の四騎士の四番目の蒼ざめた馬に乗る騎士から転じてタロットカードの「死神」という意味もあるらしいです。
つまり映画「ペールライダー」は蒼ざめた馬に乗った蒼ざめた死神が正義の使いとして現れたということでしょうか?なるほど、死んでいるものが死ぬわけはありませんね。黄泉の世界に戻っていったということかしら。
そして以前に二回目この作品を観たとき、ようやく作品の全体を包むどんよりした冬の哀しみのような雰囲気の意味が解ったようにも思いました。
しかしこの映画のクリントイーストウッドはかっこよい。最後に追いかける少女の母親がクリントイーストウッドに心を寄せるのを感じると、彼はその家を去るんですね。最後の最後はその旦那に助けられるという場面も用意されています。素晴らしいです。

たしかにこの作品は、だれが見てもアランラッドの「シェーン」のストーリーを思わせる展開でありますが、それ以上に勤勉・正義・勇気・死という内容が含まれています。
アランラッドは映画「シェーン」の最後に、その村から去っていく。そのとき少年が「シェーン comeback!」と叫ぶ有名シーンのエンディングで、遠く小さくなっていく馬上のシェーンが、わずかに肩からがくんと前屈するように見える気がします。そして彼が去っていったのは墓場のほうのようです。つまり死に向かって去っていったということでしょうか?このことは何十年か前何かの本で読んで、もう一度二回目テレビ放送の時確認しました。しかし当時ビデオもなく鮮明でもない画面でしたので、云われてみるとそう見える・・・という感じでした。間違っているかもしれません。
(因みにこのラストシーンで遠くロケバスかなにかのバスの屋根が映っていてすこし移動するのが見えるのも愛嬌でしょうか 笑顔)
以下は未見の方はネタバレですのでご注意ください。
翻って「「ペールライダー」は白い雪を冠した山々をバックに、蒼ざめた馬に乗って、どこからかその村に現れる牧師。彼が悪漢を殺して村を救い、再び冠雪の山のほうに去っていく。(神様この村をお救いくださいと祈っていた)少女が追っかけて「みんなあなたのことが好きよ!」と叫ぶ。
最初観たとき、クリントイーストウッド監督もペールライダーが去っていくとき、「シェーン」のように死の匂いをもって山の神のほうに消えていく演出か・・と思っているとそんなことはなく、ただ物悲しい白い雪と低い雲との中に消えていった。
昔、調べましたら「ペールライダー」とは、ヨハネの黙示録の四騎士の四番目の蒼ざめた馬に乗る騎士から転じてタロットカードの「死神」という意味もあるらしいです。
つまり映画「ペールライダー」は蒼ざめた馬に乗った蒼ざめた死神が正義の使いとして現れたということでしょうか?なるほど、死んでいるものが死ぬわけはありませんね。黄泉の世界に戻っていったということかしら。
そして以前に二回目この作品を観たとき、ようやく作品の全体を包むどんよりした冬の哀しみのような雰囲気の意味が解ったようにも思いました。
しかしこの映画のクリントイーストウッドはかっこよい。最後に追いかける少女の母親がクリントイーストウッドに心を寄せるのを感じると、彼はその家を去るんですね。最後の最後はその旦那に助けられるという場面も用意されています。素晴らしいです。

シュガータウンは蔓延防止のためしばらく閉店
皆様の心の居酒屋ちがった 笑 シガー・バー「シュガータウン」
は五月11日まで閉店します 残念ですが仕方ありません
趣味でやっている赤字のバーですから、まあのんびり参りますね
どうかシュガータウンをお引き立てのほどずずずいーと、、、よっ「弘田屋」!!
よろしくお願いします 店主
は五月11日まで閉店します 残念ですが仕方ありません
趣味でやっている赤字のバーですから、まあのんびり参りますね
どうかシュガータウンをお引き立てのほどずずずいーと、、、よっ「弘田屋」!!
よろしくお願いします 店主
ラジオの話 4
1976年私が一浪でお茶の水S予備校午前部理科Ⅱ類在籍のとき、まあ楽しみはラジオとレコード店巡りだった。その頃 TBSラジオで毎週月曜日から金曜日の0:30~0:45に放送されていた「エミ子の長いつきあい」をご存知だろうか?
私は高校時代から浪人の一年間までこの放送を聴いていた。調べると私の高校二年からの放送のようだ。その前はラジオ関東とされている。
まあ深夜になると、地元のCBCや東海ラジオはもちろん、北海道HBCから福岡RKB毎日放送まで聞こえるものは様々聴いていたので、ラジオ関東も聴きづらかったが楽しく聴いていた。
そうそう「エミ子の長いつきあい」である。この番組のテーマソングが素晴らしく、イントロから歌が入ってサビに行ってショート完結、、、、。
♪なんとなく愛して なんとなく別れた (中略)
なんとなく長いつきあいに なりそうな 山野楽器 ♪作詞 西城直樹
この曲は山野楽器の社歌としてレコードかソノシートで、オークションで見たのだが、高値付けられず入手失敗した記憶がある。いまだに探している。
写真は中山恵美子の「長いつきあい」7インチシングルである 私は愛聴盤で二枚持っている。一枚はジャケットも素敵なので壁に飾ってある。
このシングルバージョンは
♪ なんとなく 長いつきあいになりそうな そんな二人
やさしい銀座の 夜の雨 ♪
となってワンコーラス一番は終わる。
作詞 西城直樹(=当時の山野楽器社長のペンネームだそうです)作曲 貴島哲
編曲 土持城夫
ほんとに名曲 ヒットしなかったのが不思議だ。ストリングスとエレピの掛け合いで素晴らしい。大好きな曲。
付記すると、「エミ子の長いつきあい」の前に、竹村健一の「ミッドナイト・オリベッティ・プレスクラブ」が放送されていた。これがまた言論番組で面白かったことを覚えている。この番組で竹村健一を初めて知ったような気がする。

私は高校時代から浪人の一年間までこの放送を聴いていた。調べると私の高校二年からの放送のようだ。その前はラジオ関東とされている。
まあ深夜になると、地元のCBCや東海ラジオはもちろん、北海道HBCから福岡RKB毎日放送まで聞こえるものは様々聴いていたので、ラジオ関東も聴きづらかったが楽しく聴いていた。
そうそう「エミ子の長いつきあい」である。この番組のテーマソングが素晴らしく、イントロから歌が入ってサビに行ってショート完結、、、、。
♪なんとなく愛して なんとなく別れた (中略)
なんとなく長いつきあいに なりそうな 山野楽器 ♪作詞 西城直樹
この曲は山野楽器の社歌としてレコードかソノシートで、オークションで見たのだが、高値付けられず入手失敗した記憶がある。いまだに探している。
写真は中山恵美子の「長いつきあい」7インチシングルである 私は愛聴盤で二枚持っている。一枚はジャケットも素敵なので壁に飾ってある。
このシングルバージョンは
♪ なんとなく 長いつきあいになりそうな そんな二人
やさしい銀座の 夜の雨 ♪
となってワンコーラス一番は終わる。
作詞 西城直樹(=当時の山野楽器社長のペンネームだそうです)作曲 貴島哲
編曲 土持城夫
ほんとに名曲 ヒットしなかったのが不思議だ。ストリングスとエレピの掛け合いで素晴らしい。大好きな曲。
付記すると、「エミ子の長いつきあい」の前に、竹村健一の「ミッドナイト・オリベッティ・プレスクラブ」が放送されていた。これがまた言論番組で面白かったことを覚えている。この番組で竹村健一を初めて知ったような気がする。

ラジオの話 3
てなわけで、やっとNHKFM「サウンドストリート」。月曜から金曜までたしか夜10時から約一時間の放送で、担当が、渋谷陽一をはじめ佐野元春、山下達郎、坂本龍一など豪華音楽オタの進行であったと前々回記した。
毎週山下達郎の回はソウルミュージックの知識を得たいためほぼすべて録音したものだが、坂本龍一の回がまたまた素晴らしかった。
今でも覚えているのは、彼が唐突にNHK「新日本紀行」のテーマソングをかけたときのことである。そのときこのテーマソングがこれほど名曲とは・・・・それまで気が付いていなかった自分を深く恥じたものだ。
冨田勲といえばシンセサイザーと昔から頭に入っていたが、1963年ころシンセが初期楽器としてあったのかしら??
とにかくストリングスのように聴こえる素晴らしいメロディーラインとゆったりした後追いのような後ろに引っ張るようなリズムなど、重厚感に包まれて、落涙必至の名曲である。
この曲少し違いのあるバージョンがあるように感じていたので、調べてみると、まずオープニングテーマとエンディングテーマがあることがわかった。昔持っていたCDでは曲の終わりの部分がお祭りの鈴の音がしてフェードアウトだったと記憶している。
2005年に放送された「新日本紀行ふたたび」いつも観ていたが、この時はボーカル入りだった。これがまた素晴らしかった。琵琶奏者坂田美子のボーカルであったがその独特の歌い方は当時少し不思議な感じがしたものだ。しかし名曲は変わらず感動を与えてくれる。
さらに調べると「有名な後期のテーマ音楽のタイトル「祭りの笛」は冨田勲本人の命名ではなく、後にレコードやCDで販売するために便宜的に付けられたもの」だそうだ。さらに「放送開始当初は番組中で『新日本紀行』のVTR(フィルム映像)が流れる時には冒頭のBGMでオリジナルの「祭りの笛」がフルコーラス流れていたが、これも2006年5月6日以降の放送では回によって流れなかったり途中でフェードアウトするようになった」そうである。
いま放送しているのは「よみがえる新日本紀行」毎週録画して観ているが、テーマ曲だけではなく内容も本当に素晴らしい。まず昭和45年あたりのオリジナル番組を流して、その後森田美由紀アナウンサーが「あれから五十年いま再びこの地を訪れました・・・」と始まる追加部分も時代の変化日本の高度成長の後の展開が哀愁を感じさせてくれる。名作品名曲テーマである。

毎週山下達郎の回はソウルミュージックの知識を得たいためほぼすべて録音したものだが、坂本龍一の回がまたまた素晴らしかった。
今でも覚えているのは、彼が唐突にNHK「新日本紀行」のテーマソングをかけたときのことである。そのときこのテーマソングがこれほど名曲とは・・・・それまで気が付いていなかった自分を深く恥じたものだ。
冨田勲といえばシンセサイザーと昔から頭に入っていたが、1963年ころシンセが初期楽器としてあったのかしら??
とにかくストリングスのように聴こえる素晴らしいメロディーラインとゆったりした後追いのような後ろに引っ張るようなリズムなど、重厚感に包まれて、落涙必至の名曲である。
この曲少し違いのあるバージョンがあるように感じていたので、調べてみると、まずオープニングテーマとエンディングテーマがあることがわかった。昔持っていたCDでは曲の終わりの部分がお祭りの鈴の音がしてフェードアウトだったと記憶している。
2005年に放送された「新日本紀行ふたたび」いつも観ていたが、この時はボーカル入りだった。これがまた素晴らしかった。琵琶奏者坂田美子のボーカルであったがその独特の歌い方は当時少し不思議な感じがしたものだ。しかし名曲は変わらず感動を与えてくれる。
さらに調べると「有名な後期のテーマ音楽のタイトル「祭りの笛」は冨田勲本人の命名ではなく、後にレコードやCDで販売するために便宜的に付けられたもの」だそうだ。さらに「放送開始当初は番組中で『新日本紀行』のVTR(フィルム映像)が流れる時には冒頭のBGMでオリジナルの「祭りの笛」がフルコーラス流れていたが、これも2006年5月6日以降の放送では回によって流れなかったり途中でフェードアウトするようになった」そうである。
いま放送しているのは「よみがえる新日本紀行」毎週録画して観ているが、テーマ曲だけではなく内容も本当に素晴らしい。まず昭和45年あたりのオリジナル番組を流して、その後森田美由紀アナウンサーが「あれから五十年いま再びこの地を訪れました・・・」と始まる追加部分も時代の変化日本の高度成長の後の展開が哀愁を感じさせてくれる。名作品名曲テーマである。
